指定難病の方もご利用くださってました。
K様 女性 50歳
Kさん(50代女性・仮名)が私たちの施設を訪れたのは、6年ほど前のことです。
Kさんは、脊髄小脳変性症を患っていました。
脊髄小脳変性症は、歩行時のふらつき、手の震え、ろれつが回らないなどの症状がある指定難病です。
私たちが初めてお会いしたとき、Kさんは身体のバランスが取れず、座ったり、コップを普通に持ったりすることができなくなっていました。立っているだけ、座っているだけでも、身体が常に大きく揺れ、姿勢を保てません。それによる転倒のリスクの責任を負いたくなかったのでしょう、どこの介護保険施設でも、Kさんはリハビリをさせてもらえませんでした。さらに、もう1つ、問題がありました。
脊髄小脳変性症によって、のどの筋肉が震えてしまうために、Kさんは言葉を話すことも不自由になっていたのです。周囲の人々は、Kさんが言っていることを理解できません。そのせいで、Kさんに向かって、一方的に指示したり、子どもをあやすように語りかけたりすることが多かったのです。周囲の人たちのそうした振る舞いはKさんの心を傷つけ、デイサービスを転々とする原因にもなっていました。
私たちの施設にあるリハビリ用のマシンをKさんが使えるかどうか、確信はもてませんでしたが、私たちはKさんのリハビリを引き受けることにしました。まずは、座る姿勢を維持する練習から始めます。Kさんはマットの上に腰を下ろすものの、すぐにコテンと倒れてしまいます。態勢を立て直そうとしても、身体は転がるばかりです。しかし、Kさんはあきらめず、それを何度も繰り返しました。たとえ少ない短い時間でも、理にかなった動きを続けることで、身体の機能は確実に回復していきます。Kさんも、数週間後には、ある程度までは座る姿勢を保てるようになりました。少なくとも、施設のマシンを部分的に使えるほど、身体機能が向上したのです。それからは、マシンを使うのと同時に、座る、立つ、歩くという基本動作を行えるようになることを目指して、リハビリを続けました。Kさんはものにつかまりながらかろうじて座る、立つということができる状態ですから、私たちの施設の中でも、もちろん転倒のリスクはゼロではありません。しかし、転倒することを最初から避けようとして、身体を動かさなければ、機能は衰えていくばかりです。
私たちは、Kさんがリハビリを始めることをその場にいるスタッフ全員に周知して、フォローアップに努めました。ご主人と2人の娘さん、Kさんのご家族の存在も、リハビリを進めるうえでは大きな力となりました。「ものにつかまりながらでも、できるだけ身体を起こしてください」という私たちのアドバイスをKさんがご自宅で実践できたのも、ご家族の理解と協力があったからでしょう。
周囲の人々にも支えられながら、あきらめずにリハビリを続け、Kさんは1人でトイレに行くだけの身体機能をずっと維持することができたのです。また、あるときには、「リハビリに通うようになってから、食事がとりやすくなりました」と、ご主人が喜んでくださったこともありました。それでも、時間がたつにつれ、リハビリの効果が病気の進行に追いつかなくなるときがやってきます。私たちの施設にいらっしゃって、ちょうど2年がたつころ、Kさんはまた歩けなくなり、まもなく亡くなられました。「逝ってしまったけど、おかげさまで寝たきりにもならず……、よかったです」そんなKさんのご主人の言葉が、今でも耳に残っています。